• イヌワシの保護活動とワシ羽矢

    私は2002年2月のイヌワシ協会設立後、その秋には再びウルギーを訪ねイヌワシの戸籍作りを行った。イヌワシを捕獲した時点で個体の戸籍作りが始まる。生年月日(捕獲日)、大きさ(重さ、左右の翼長、頭から尾羽の長さ)、嘴、爪の長さを㎝で記載、羽根の模様等を個体毎に毎年の成長を記録する。顧問のツバメドグ先生(鳥類博士)は私が現地に行くとき同行し鷲の健康状態と生まれた時からの成長記録、羽模様の変化等を毎年追加していく。鷲と鷹匠さんに同じナンバーを付ける(カザフ民族の鷹匠さんは戸籍が無い為、鷲を飼育している鷹匠さんの戸籍も同時に作り管理している。)イヌワシ協会設立後3年間は年2回現地を訪問し、戸籍作り・鷲飼育管理・指導を繰り返した。

    イヌワシと鷹匠さんは常に一心同体、鷲は勇猛ですからオオカミと戦い羽が傷付き中には崖に衝突し命を落とすこともあります。キズ羽根こそ相手と戦った鷲として鷹匠さんの誇りです。鷲に事故が起きたら本部のアタイ氏、又は遊牧民の役員に連絡する。本部が確認次第戸籍から抹消する。新人の鷹匠さんは予め責任者がアタイ氏に連絡して、写真を撮り会員書を渡します。羽を購入する場合は会員証のナンバーと鷲のナンバーを記入します。

    遊牧は5月末から草を求めてアルタイ山脈に登り遊牧期間に入ります。平地に戻る時期もイヌワシ協会が草の生え具合を見て決定し、9月中旬頃から遊牧を止め平地の越冬地に移ります。9月末より鷲の調教と実猟がはじまり翌年の4月頃まで続きます。この間の鷲が獲った獲物は鷲と鷹匠さん冬期の食料になります。私は秋の遊牧を終えた時期に合わせ現地に羽根収集に行きます。10日~半月程度で各地を訪問。

    日本から出発前に行動日程をアタイ氏に知らせ、何月何日午前・午後に寺内が何処そこに行きますと現地アルタイのラジオ局にて情報を流してもらいます。現地では何日の午前・午後しか伝わりませんが、日本から連絡した日時に地区の鷹匠皆さんはイヌワシと抜け落ちた羽根を持って集まります。訪問した15年間で間違えたことは一度もありません。

    羽根収集の為ソム(村)からソムの移動中、中古のジープの車窓から遠くにポツンと一人、馬に乗った鷹匠さんが見えた。そばによると「6時間ここで寺内が来るのを待っていた。」と一年分の抜け落ちた羽根を持ってきてくれた。私たちが来る時間が午前としか分からないので夜が明ける前から草原で私たちを待っていてくれたのだった。

    羽根収集

    集会所や、ゲルに鷹匠さんがあつまり、全員が見ている前で羽根を1枚づつキズの有無を鑑定します。購入金額はキズの有無によりパーフェクト・ハーフ・ノットと分けられます。その合計が1年分の羽代として鷹匠さんに支払われます。野生の命のやり取りですから、キズ羽ばかりになって1年で購入0枚の年もありました。

    各地の責任者と記帳計算、ツバメドグ先生は鷲の健康状態等の測定確認。計測する時に気を抜かない事が大事です。鷲をおむつを組み合わせたような布で包みます。中には鷲が嫌がって急に爪でこちらの指や足を強い力でつかむことがあります。

    いつものように鷲を測定している時、鷹匠さんがゲルの外に出たので私が鷲の足を抑えました、するとイヌワシが暴れ思わず私の右手が外れました。ツバメドグ先生が左手で抑えようとした時に手の甲とヒラの真ん中に鷲の鋭い爪が甲から食い込んだのです。先生が右手でイヌワシ親指を引っ張り私がイヌワシの食い込んだ指を引き離そうと力いっぱい引きましたが、イヌワシは逆さになり離しません。ゲルを走り出て鷹匠さんを呼びました。

    戻った鷹匠さんは一目見るなり大声で叫ぶとイヌワシの頭を右手で掴んで右回りに回しました。苦しくなったイヌワシは手に食い込んでいた爪を離し、見てみると爪はツバメドグ先生の手の甲を突き抜けていました。私の不注意で先生もイヌワシも被害をうけてしまいました。

    天気の良い日は野原で、雨風の日は集会所かゲル(遊牧民の住居)の中、夜遅くになるとロウソクの灯りでおこないます。(ロウソクに翳すとキズ、虫食いが分かります)当初はノットで不採用の羽が次の会場に別の鷹匠さんの羽として再登場しましたが、キズがある場合の鑑定の基準を皆に教えた事と、模様と羽の大きさ特徴を毎年記録したので「これは貴方の飼育した鷲の羽根では無い」と言うと「見破られたか」と皆で笑うなど三年たつと違反羽根は皆無になりました。

    鷲を育てる苦労を共有していましたのと「羽はお金」鷹匠さんにとって大切な現金収入でしたから出来る限り購入を予定しました、しかしキズ・虫食いは鷹匠さんに矢に加工できないとよく説明して三年で買わなくなりました。

    今では各ソム(村)の鷹匠さんが羽を自分たちで鑑定してくれるまでになりました。